現代の日本の公教育で当たり前となっている “学級” だが、中世までの学校には存在しないものであった。当時は教室 (class room) すら存在せず、ひとつの教場 (school room) にまちまちの年齢の生徒が集まって教育を受けるのが一般的であった。本書は学級制に基づく学校、すなわち義務教育制度が成立する過程を丁寧になぞり、その上で現代日本の学校がはらんでいる問題を明らかにするものである。
学級が存在するにはその前提として学習内容を時間割として定めておく必要がある。これは事前制御 (forward control) そのものであり、事前に計画されたスケジュールに沿って行動するパックツアーに類似する。実際に学級制を生み出したイギリスでは両者は同時期に発生し、いずれも荒廃した社会を改良する目的を備えていた。
こうした学級制度は世界中に見られるものであるが、さらに日本の学級では一斉教授方式を中心とし、教授活動以外のあらゆる活動を取り込んだ生活共同体的性格を持っている。これは学級制を導入した明治後半という時代に大きな影響を受けている。当時の村落共同体は未だ特定機能充足のためのパッケージである学級制を受け入れる準備が整っておらず、彼らの論理を取り込み生活共同体化するのは必然であった。
学校にまつわる様々な問題を正しく議論するには、こうした学級制の枠の認識が欠かせない。学級制のパッケージを用いる限り、教師の自己決定権は大幅に制約される。教育の成功も失敗も教師・生徒関係だけによるものではなく、学級による教育が制約している。

コメント