山形浩生, 翻訳者の全技術
掲題の翻訳を中心としたさまざまなエッセイをまとめたもの。翻訳の話よりも読書論の方が面白く、特に積ん読の話は頷けるものが多い。
それは、もはや積ん読の本を絶対にすべて読み切ることはあり得ないと悟ったあたりから始まる。
ではじまる積ん読の有害性の議論は胸が痛くなる。
記憶汚染展
渋谷BEAMの記憶汚染展を訪問。体験型の展示で結構なボリューム。公式の案内で1時間半となっていたが、じっくり見るともう少しかかるかもしれない。
今時はAIでそれっぽいコンテンツをいくらでも作り出せる時代だが、凄まじく手間暇を書けて作り込まれた物理的な展示品の数々はそうした安っぽい作品もどきとは一線を画している。単独で単純な驚きを与えてくれる気軽な展示と思わせつつ、全体を通じての裏ストーリーがしっかりしているのも良い。
有田正規(著), 科学の困ったウラ事情
学術出版の来た道から遡ってもう一冊。
現代の研究者の実態、学術論文制度の限界、不正が起きる原因など、みんなが思っているがなかなか言えないことをズバリと書いてくれた。著者は生命情報科学の研究者だが、自分の関与する情報通信分野でも他人事ではない。
岡野原大輔, ヒトとAI
AIとの付き合い方を考える本。
現在のAIはすでに一般化、因果の把握、反実仮想、転移と頑健性、説明可能性といった能力を獲得しており、外形的にはものごとを “理解” しているといえる水準に達している。しかしながら、AIは当事者性が欠如しており、判断の結果を引き受けることはできない。AIを仕事に組み込むということは、こうした不一致を前提として仕事を再設計することである。
この当事者性がないという点はAIの本質によるものであり、技術の多少の進歩で解決できるものではない。AIを利用していく上で、今後も避けて通れない問題となるだろう。